田んぼの真中の掘っ建て小屋 夜の大銀河 2014年12月27日

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彼女の実家が持っている土地=田んぼでありますが、数年前まではホントにただのศาลา 掘っ立て小屋がひとつあるだけで、適当な木で柱を売って簡単に床板と屋根を張っただけの四方に壁もまったくない農作業の際の休憩所になっていた。

自然の中に生きる 2014年01月23日

そこに上でも書いたけど彼女の伯父さんが住み込んでいて今は一応、トタンみたいなもので壁を張ったり、言い訳程度に蛍光灯がついて電化されていたりするが、それでも基本的に普通の日本人からみたら超原始的生活なんであります。

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夜21時ぐらいに彼女の実家でボサッとしてたら、お兄さんが田んぼをチェックしに行くというので一緒に出てみたら、息を飲むほど一面の星空、大銀河なんであります。その時に持っていたのはiPhoneだけで、頑張って星空を撮ってみたけど、写ったのは今まで見たことないほどに明るく輝く月だけで星が全然取れなかった。。。

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田んぼの掘っ建て小屋は軒先に蛍光灯一つ照らしていだけで電柱はあれど街灯はなし。iPhoneのTorchを頼りに足元に蛇が潜んでいないかを確認しながら小屋まで歩いていきます。小屋の裏の小さな貯水池に雷魚が居るらしく懐中電灯で照らして一生懸命にモリで突いてみるが今回の獲物はゼロ。この12月の乾季は田んぼの真ん中の障害物のないところでは夜は風が強くてとても寒い。そうそうに退散してきましたがなんとか次回はテントなどを持ち込んでここで1泊、いや2泊ぐらい同じように原始的生活体験をしてみようかと思っております。

うらの貯水地で釣った雷魚をそのまま直火で焼いて食うなんてことを全部自分の手でやってみたい。そして一面の星を眺めながら眠るなんてのもオツな体験だと思います。多分寒いけど。

自然の中に生きる 2014年01月23日

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彼女の田舎に行った際に、実家が持っている田んぼに行こうと言われて行ってみたら彼女のお父さんのお兄さん、彼女から見たら伯父さんがそのたんぼの小屋に住んでいた。

すでに90歳近いらしいが、掘っ建て小屋に近い下の写真の建物。

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ちなみに周りには田んぼしかない。

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さすがに電気も水道もない、ということはなく、電気は田んぼを隔てた向こう側の通りから頑張って引いてきたみたいだし、水道は地下水を汲み上げて煮沸して飲んでいるとのこと。下のアヒルの小屋なんかも全部手作りらしい。

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彼女の伯父さんはもともと軍人さんで、90近い年齢を考えると1920年ぐらいの生まれで第二次世界大戦の時には若さのどまんなかの20歳代。西欧列強からの支配を逃れていたタイだからタイの自国軍でのお勤めかと思いきやフランスのベースキャンプで働いていたそうな。「だからフランス語はペラペラなんだって」と彼女が言うので「フランス語は俺、わからんよー」と話していたが、実際に会ってみると開口一番、

「グッドモーニング!」

と言っていたらしい。英語も少々たしなんでおりますとのこと。それも年取ってるせいか、もごもごしたしゃべり方で当の僕自身は話しかけられているのにまったく聞き取れず「???」みたいな顔をしていた。

この伯父さん、90歳の割には非常に肌の色艶が綺麗で健康そう。軍人を辞めてからは坊さんになってずーっと寺に入っていたらしい。それを彼女のお姉さんが世話していて、手間がかかるから俗に戻ってきて近所で住んでいてくれないか、というお願いに応じて実家の近所に住んでいるらしい。よくよく聞くと毎朝一日分のメシは彼女の姉さんが朝イチで届けにくるらしい。

基本、田舎のメシ(特にイサーンの場合)、油の強いものもなく、野菜メインでバリバリの自然食が多く、一回の食事量も少ないので本来こういう食事と自然の中での生活を続けていれば健康で長生きできそうなものだが、いろいろと彼女の実家の周りで

「半年前には元気にしてた***さんがなくなった」
「帰省してもここ2,3回ぐらいは***さん見てなかったけど、実は死んでた」

みたいな話をとにかくよく聞く。それも大体40歳、50歳ぐらいの人を中心に。これは多分酒じゃないかな、と思っている。タイではビールやらメコンウィスキーやらいくつかの銘柄があるが、タイの田舎に行くと飲んでいるのはビールかラオカオという焼酎みたいな40度はあるハードリカー。これがまたきっつい味なんであります。大体この2つか、どぶろくのサートーというお酒。

田舎の集落(ムーバーンと言って大体寺を中心として住居が集まった地域)にひとつはある雑貨屋で大体数バーツでおちょこ一杯を量り売りで売ってたりするんだが、よれよれ、べろべろの薄汚いおっさんとかがひっきりなしに買いに来る。僕も最初彼女の実家に来た時は近所の酔っぱらいが物珍しさに寄ってきては「金くれー」とせがまれ、10バーツとか渡すとすぐさまラオカオを買いに行ってた。

彼女の実家でもよく見かけるし、彼女のお姉さんが嫁いだスリンの雑貨屋でもいつも酔っぱらいがいることを考えると田舎のほうのラオカオ愛好者(中毒患者とも言う)ってかなりの数のはず。このラオカオは絶対体に悪いはずだ。。。と自分では信じている。

90歳の彼女の伯父さんの年はいっても健康そうな顔を見ながらこういうことを考えると、やっぱ酒は飲まん、ということでそのまま続けててもいいのかなと思う今日このごろ。最近は僕も年いったのか好きなことも体調が優れないと続けられないんすよね。

また、自分も年取ってバンコクとかの都会で生活するのがしんどくなってきたらこういう田んぼや山のどまんなかに適当に小屋を作って生活するのもいいかもしれんなと思ったりしてます。こういう生活の中で農作業中に落雷で命を落とし、人になかなか発見されず、そのまま田んぼの土に戻っていく、なんて最後が幸せかなあ、、、なんて思ったりしております。

↑ こちらはメコンウィスキー。

ไก่ชน ガイチョン 闘鶏を眺める 2014年01月20日

彼女の実家に行った時に向こうのお父さんと近所の人たちが闘鶏やっていたのでその様子をちょっと動画に収めて見ました。

闘鶏は軍鶏という種類の気の荒い鶏を囲いの中で戦わせてそれを見て楽しんだり、賭けの対象にしたりして楽しむ男たちの趣味。彼女の実家に行ったら何匹も軍鶏を飼っていていつもその鶏の手入れをしていたりする。

あまり物質的でない田舎のほうではこういう動物や自然を利用した趣味がまだまだメインストリームで人気を保ってるんでしょう。タイには他にもベタという魚を戦わせる闘魚などがあります。こういうこと書いてると動物愛護の観点に傾いた人からいろいろ言われそうだけどそもそも人間ってやっぱり残酷な生き物だしね。すべて理屈に叶う行動ばかりできるわけじゃない。こういうのもあるんだよ、と。

戦わせはするが、飼い主の鶏に対する愛情もかなりのものです。毎日羽を拭いたり鶏の体に対するケアは欠かさないでやっておられます。

闘鶏用にラバーかウレタンかわからんけど、高さ1mほどの仕切りになるロールも売っている模様で、それを広げて輪にしたら即席闘鶏場の出来上がりでそれを取り囲んで「わーお!!」「うぉーう!」とか男の野太い声が響きます。

バンコクの都会だとほとんど見ることはないんですが、たまにバイクで信号待ちしてると前のバイクにニケツしてる兄ちゃんがこの軍鶏抱えてたりとかするので都会でも裏路地のどこかに闘鶏場があるのかもしれないですな。。。あまり真剣にそんなの探したりすることはないのですが。。。

闘鶏 – Wikipedia
kitombo.com | チェンマイ俳句歳時記 | 2004年4月5日
タイの闘鶏

新緑の季節? 2012年05月17日

うちのベランダのプランターからニョキニョキとこの2週間ぐらいでいろんな植物の芽が出てきた。

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こちら唐辛子の芽。基本うちは野菜系の食いカスをプランターに捨てている。ピーナッツの殻やら、腐りかけ唐辛子、先日の巨大バラクーダの鱗など。すべて土に帰り滋養となれ!というわけでうちのプランターに鼻を近づけてみると実に生臭いイサーンの深い藪の中みたいなホントの土の匂いがします。

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こちらは僕は初めて見る芽だったが、うちの彼女曰くマラコー(มะละกอ)、パパイヤらしい。が、ホントだかどうだか。それ以外にもトマトを捨ててあった場所にカピカピになった皮を持ち上げて新芽が出てきてたり。どう考えてもトマトの芽ですな。

不思議なのはこのプランターを置いたのは1年以上前で、ずーっと前から野菜カスは捨てていた。だからいつでも芽が伸びてくるチャンスはあったと思うんだけどなぜこの5月の時期に一斉に生えてくるのか??やっぱりタイでもいろんな植物が種から根を伸ばし始める季節みたいなものがあるんだろうか??