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43歳の誕生日を迎える 2018年08月11日

Happy Birthday

今年も誕生日がやってきました。これで43歳。まー、なんとも頼りない43歳ですが、なんとか厄年も超えて43歳の年の誕生日も迎えることが出来ました。

2017年と2018年でかなり太ってしまったのでこれからまた食べ物を総量制限してダイエットに励まないといけないのではありますが。。。

とりあえず今年前半の東京生活を終えて、バンコクに7月に戻ってきて、なんとか次の仕事も決まりました。お世話&ご心配いただいて声をかけてくださった皆さん、どうもありがとうございました。

そして仕事始めまでに当初思ってたよりかはだいぶ短いですが、南インドのチェンナイに南インドベジ料理くいだおれツアーに行ってまいります。(あれ?ダイエットは?)

また今年一年も健康で居られますように。。。

あと、タイ語も勉強して上達しますように。。。

あと、Pythonもせっかくだから身につけてプログラミングが出来ますと言えるような感じになれますように。。。。

あと、FPVドローンも上達しますように。。。。。

あと、、、クドいか。終了。

ちょうど40歳になりました 2015年08月11日

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8月11日、1975年生まれの僕はちょうど40歳になりました。

ちょっと前まで20代だと思っていたのにもうすでに40歳。。なんか30代ってどこに行ったんだ??っていうぐらいあっという間でした。

ちょうど10年前も30歳なので環境を変えて、ということで東京の職場からも退職して、時間の制限のないブラブラ海外旅行、バックパッカーをやってみたいと大阪の南港から韓国に渡り、それ以降ほとんど陸路(海路)でバンコクまでやってきて最終的に住み着いてしまった丸々9年。。。

ちょうど節目の40なので今年いっぱいで会社辞めて、会社に所属しなくともなんとか行きていける自分を作ろうと思います。ホントはいろいろ計画しないといけないんだろうけど、未だにぼんやり未計画。なんかやる気が出ない。。だいじょぶなんだろうかワシ。

ちなみに以下はいつも心の中にある野坂昭如先生の70年代の談話です。

あのー、人間あなたがたまだお若いからわからないでしょうけど、40歳ってのはものは、40にしてまどわずとか40になったら自分の顔に責任持てとかっていいますけど、40ってのは確かに、、40になってしまえばどうってことないのだけれど、40になる前にいろいろ考えちゃう年頃でもあるんですね。

あのー、僕ははっきり言って、機動隊に追っかけられて息がひいひい切れちゃった訳です。そのときに、これはひどいことになったと思って、それからなにをやろうかというふうな感じでやったのがキックボクシングで。僕は今25歳ぐらいの運動性はあるんですよ。

25歳ぐらいの運動性があったって、別にどうってことないんだけども、いつもあの、自分の体がもうダメになっている、ということから来る自分自身の精神的な衰えを、どうも受け入れるのがイヤで。ホント言うと、肉体の衰えというようなものと精神的な衰えから来る、精神的な衰えって言う言葉はおかしいかもしれないけれど、精神的な変化というものを受け入れながらおそらくあの、老いていくんだろうと僕は思うけども、僕の場合はそれにちょっと抵抗してみようと思って、

で、キックボクシングを始めたわけです。

野坂昭如「躁と鬱」−話− より

僕もこのお話の40歳になってしまったという訳ですな。しかし今になってホントにこの話はしみじみと実感を持って理解できるのであります。

というわけで多分、来年のムンバイマラソン周辺は1ヶ月以上はインドでブラブラしてると思います。

皆様またこれから1年よろしくお願い致します。。。

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誕生日、39歳、サンキュー、三重苦? 2014年08月11日

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8月11日、誕生日でした。1975年生まれの2014年で39歳です。もう40がすぐそこに!ですな。39歳、サンキューか三重苦か?どちらも外国人には全く通じない話で。。

40手前でこれからやって行くことをいろいろ考えないといけないですな。とりあえず自分が正しいと思うことは自分以外の人類全員が反対しようがやめはしませんぜってなぐらいに自分の感覚を信じて進むことだけなんだけど、後はそのやることと”生活する分+もうちょっと”のお金がついて来るように一工夫しないといけないですな。前に書いていた40での大陸周遊大旅行もぜひやりたい。インド、シベリア鉄道、ロシア、東欧、欧州、アラブ、中央アジア、中国をちゃんと見てみたい。

しかし、ウクライナやイスラエル、パレスチナを見てるとなんか着々と戦争の下地が引かれて行ってるような気がしないでもなく、2,3年もするとアメリカ対どこかの二強もしくは三強ぐらいの陣営に分かれてしまって入れなくなってしまう国も出てくるかもしれないなんて心配が心の隅にあったりします。

まあでもなんとか着実に次の自分の大転換に備えて準備をすることとします。またよろしくお願いします。

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↑ 2006年07月05日、大阪港にて。釜山行きのフェリーからアジア周遊スタート。これがきっかけで結局タイに住み着くことに。