凶悪―ある死刑囚の告発 「新潮45」編集部を読んで 2013年09月07日

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日本に一時帰国した際に大学の時の友人たちとメシを食いに行って、映画「冷たい熱帯魚」の話になった。その時に友人から教えられたのがこれ、文庫本「凶悪」。kindleで551円。

これもまた、「冷たい熱帯魚」同様、現実の殺人事件をベースにしたストーリーで映画化されている。ちょうどこれから公開になるはず。この凶悪は殺人事件で逮捕、服役中の犯人がジャーナリストに対して警察が感知していない余罪を告白しだして、その中心人物だった「先生」と呼ばれる男を逮捕させるための復讐劇と、ジャーナリストが告白の検証、裏付けなどに奔走する姿、警察に上申書として3件の殺人事件の報告書を上げ、先生逮捕に至るまでの警察の動き、メディアの動きを追ったもの。

実際に読んでみると、以前読んで強烈な印象を持った「冷たい熱帯魚」の愛犬家殺人の話とは異なり、この「先生」は実に冷静で食い物にする相手を選ぶ感覚も、家族がすでに全員死亡して子供もいない孤独な資産持ちの老人や、素行が悪く家族からも鼻つまみにされている会社社長が経営が行き詰まり、借金まみれになっているところに整理してやると入り込み土地やなんだかんだを奪ったあとに殺してしまう、また殺し方も半分アル中、糖尿病持ち、借金まみれ、の人間に過剰に酒を飲まして病死や自殺に見せかけるなど、時間と手間がかなりかかりそうだけど割に合理的で足が付きにくそうな手順を取っている。また、「先生」自体はいざ自分で人を殺さないといけないという場面では中々実行できずに未遂のまま終わってしまうなど、あくどいけど感覚的にはまだ人間として理解できる行動なのがちょっと読後の印象としては地味なところか。

愛犬家殺人のほうは死体の証拠隠滅を図るため、包丁で死体を捌いて骨と肉に分け、ご丁寧に肉の方はサイコロステーキ大にカットして、後で川に捨てた際に魚が食べたり、微生物が分解しやすいようにするという念の入り方だが、対象は人体であってこれを眈々とこなす神経が凄い。女性の死体を死姦したり、「俺は殺しのオリンピックがあるなら間違いなく金メダル」というような発言など、実に社会生活の一場面のような感じです言ってのける感覚が、この犯人の化け物的印象を深くする。

神戸の連続自動殺傷事件の犯人のように殺人という、反社会的、非日常的な行為を行うことを自分を解放する高尚な儀式とするような大義名分めいた意味付けもなく平然とここまでの作業をやってしまう愛犬家殺人の犯人はかなりの怪物だと思う。こういうのを見て(読んで)しているとごく少数だろうが、こういうまだ見ぬ怪物が今もどこかで世間の目をかいくぐってのびのびと社会生活をしている可能性を思うと結構ぞっとする。相手は日常の作業と同じ感覚で平気で人を殺すからこちらがどんだけ頭使って牽制しようが、その努力を一気に飛び越えて狂気でもってこちらにやってくるだろうなぁ。。目をつけられてしまった段階で多分一般の人間は勝ち目がないな。。。

そう考えるとこの凶悪での「先生」のマインドはあくどいけど、まだまだ一般常識人。愛犬家殺人から比べると、ショックの量は少なかったかな。個人的には愛犬家殺人の犯人のほうがもっと凶悪な人間だとおもってしまうのであります。

話の内容的にも、新潮の記者が告白を受け、その供述の検証、裏付けを行っている際の細かな動きや気持ちのブレなどがしっかり描かれているんだが、警察に上申書を提出してからは流石に警察の捜査班の中には入れなかったか、その後の経過はかなり簡略的にまとめられてるだけでちょっと中途半端。

というわけで実際に起こった犯罪の手記などを読み慣れてるとちょっと地味な印象であった書籍・凶悪でありました。後はリリーフランキーとピエール瀧という奇妙なキャスティングの映画がどんな感じなのかですな。。

次は、北九州監禁連続殺人事件の「消された一家」を読むか。。。