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WorldTour アーカイブ

2006年06月26日

出発日確定

パンスターフェリーの予約が取れました。

7月5日出発。
しかもひょんなことから中国上海あたりまで同行者も
できました。これで韓国の宿泊費が少し安く抑えられる
ことでしょう。

PanStar Ferry

ちなみに上記パンスターフェリー、数日前から何回か電話
していたのでありますが、コールしても一向に出てくれる気配が
なかったので今日はがんばって20コールぐらいまでずっと
コールし続けたら平然と出てくれた。電話はとにかく出てくれる
までコールしないといかんですな。

2006年06月28日

お隣の野暮天とジャージャー麺を食らうツアー

黄熱の副反応で風邪症状。

全身倦怠感と筋肉痛で一日中寝ておりました。
今日はだいぶ回復。相変わらずTRICKばっか見てます。
阿部ちゃんええ男や。

そしてネットで調べていると、韓国ではイベントデーとして

2月14日 バレンタインデー
3月14日 ホワイトデー
4月14日 ブラックデー

っちゅうのがあるらしいです。
4月14日のブラックデーってなんやねんと思いますが、
バレンタインデーやホワイトデーで何も貰えなかった人達が
みんな集まってジャージャー麺を食う日だそうで。

それを考えると、4月14日にあわせて韓国に、「お隣の野暮天
とジャージャー麺を食らうツアー」なんてのも楽しいかもしれませんな。
当然2/14、3/14に何か貰った人は参加不可能。

モテない者同士の国際交流。世界平和への第一歩ですよ。

2006年07月03日

携帯を解約しました

8年ほど契約してた携帯電話を解約しました。

よって7月5日までご用時のある方、携帯では連絡つかんように
なってしまったので、メールもしくはmixiで連絡をお願いしまっす。

2006年07月04日

大陸ウォーカー

さあて、明日、以前から計画していた海外旅行に出発します。

今一度どういうものかここで宣言。

ユーラシア大陸には船で韓国に入り、陸路でユーラシア横断、アフリカ
を目指し、アフリカから南米に渡り、中米を回り、メキシコから帰国、
という予定でしたが、現在の予算を考えるとアフリカがギリギリ
かもしれません。また、余裕があればヨーロッパ(行きたいのはフランス
だけですが)も回りたい。

あと、陸路移動があまりにも非効率になるなら飛行機で移動というのも
全然OK。

基本的には一人旅行。気分次第で他の旅行者とともに行くもよし。

そして旅行に関して目的は全くございません。
価値観とか人生観が変わるかもという期待もそんなにございません。
そりゃあ、今まで見たことも行ったこともない所に行くわけやから、
多少は変わるでしょうが大きな変化があるとは思えませんな。

ただなぜか前からやってみたかったのでやりたいというもんでありまして
強いて目的としてあげるなら、自分の行ったことないところに数多く行って
自分のやったことない事を数多くしたいということですかね。知らんもんを
見たいということだけですな。

期間も金がなくなったところか、自分が納得してしまったところで終了。

あと、台湾でのダムダム団ライブが見たいので7/29には台北に渡ります。
ご一行、シー・ユー・イン・タイペイや!

あと皆さん、ワシへのご連絡はmailimg.jpgか、
mixiのメッセージ、もしくはここに書き込んでもらえれば大丈夫です。
出来る限り頻繁に確認します。中国ではアクセス規制のためメールが読めない
可能性もありますが、中国以外では大丈夫でしょう。

それでは明日16:00、大阪咲洲の国際フェリーターミナルから釜山へ出発!

2006年07月06日

チャガルチ、サムギョプサル

とりあえず、写真だけ載っけておきます。

韓国 釜山 チャガルチ サムギョプサル

韓国は割りと日本と似た感じです。
明確な旅行の目的がないため、することがなく暇です。
チャガルチとソミョンを歩いてみましたがやることがなく、
そうそうに晩飯。

でもサムギョプサルはかなりうまかった。
かなり食った。金額もそれなりにいった。
またビール飲んで寝ます。旅行にはやっぱ目的って必要かも。

2006年07月07日

南浦洞、西面ではやることなく、、、。

日本出発

さあ、出発!いざ釜山へ!って当日に北朝鮮がまるでお祝いをするかの
ようにミサイルを6発も打ち上げてくれた。日本海を船で渡るので、航海中に
ミサイルが落ちて来やしないかとちょっと心配になりましたが、船は平然と
釜山に着きました。

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船中の晩飯は韓国のインスタントラーメン。W850-。大体ウォンへのレートは
100円がW805ぐらい。"日本円×10"ぐらいがウォンになると思ってたが意外と
ウォン高な感じですな。

釜山についてすぐに南浦洞(ナンポドン)に移動。プサンナビというHPでチェック
してた旅館に移動。ダブルベッドの部屋に男二人で合わせて一泊W2,5000-。
一人頭W1,250-と安い上に部屋でインターネットできるし、チャガルチの
市場まで歩いて3分という立地。

部屋に荷物置いて早速散策する。が、とりあえずいろいろ見て回るものの、
「こんなもんか」という感想。昼飯を食ったのち、西面(ソミョン)という
釜山の新宿みたいな繁華街をうろつくもやはり感想は「こんなもんか」。
韓国は買い物のような目的があればかなり楽しいかもしれないですけんど、
あまり金を使わないようにしようとしてる者からすればそんなに楽しくも
ないなあ、、、というのが正直なところですな。

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ちなみに昼飯は安い食堂を見つけて冷麺W2,500-也。
晩飯は外国の最初の夜ということで贅沢して焼き肉を食おうということに
なりまして、サムギョプサルを食いました。ビールビールビール、と焼酎。
本場の韓国の焼酎はうまいのかと思いきや、やっぱJINROと同じだ。
みんなこの焼酎をぐい呑みでストレートで飲んでるが悪酔いしそうなので
半分ぐらいまであけて残しました。対照的にビールは味が薄い。
韓国って焼き肉ばっか食ってるイメージがありましたが、一枚の肉食うにも、
シソ、サンチュ、ニンニク、ネギ、コチュジャンとどっさりの野菜の上に
のっけて巻いて食うので肉以上にかなり野菜を食いますな。以外と健康的
ですばい。

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そして会計(韓国では「会計」の事をケーサンという。すぐ覚えられる)
なんとW3,200−。高え!

そして酔っぱらってやることなく就寝。ソウルは楽しいのかな〜と明日の
移動を考えながら夢の中へ、、、。

2006年07月09日

ソウル、インサドン付近にて

釜山からソウルへ。
南浦洞から地下鉄で老浦洞(ノポドン)へ移動。
地下鉄の中で物売りに出会う。

地下鉄の中でいきなり大声でしゃべり出して品物を勇猛に振りかざし
乗客にひとしきり見せて回って、いくつか売ったらまた次の車両に
移動する。最初は何かと思ってましたが、地球の歩き方を見るとちゃんと
書いてあった。韓国ではこういうセールスも認められてるんかね。

地下鉄ではその他、日本語をしゃべる老人と隣り合わせになりました。
「バスより電車のほうがソウルまで速い。電車にしろ。」と言ってくるが、
「バスのほうが安い」と言ってたら老人の機嫌が悪くなって終点まで少々
気まずかったがそれでも問題なく老浦洞に到着。

ソウルまではW18500-。韓国は食費は高いが交通費は割りと安い。
地下鉄も初乗りW900-。終点まででもW1000-。

バスの中では隣に座った夫婦と子供が非常にやかましいが、誰も注意
しない。親は子供をあやして、子供は時に泣き叫ぶ。隣のこっちは
たまらんが、誰も注意しないところを見ると韓国の親はかなり子供を
かわいがるのか?

そうこうしてるうちにソウルへ到着。
地下鉄で鐘路3街(チョンノ3ガ)へ。セファジャンという
格安の宿を求めてソウルの下町をうろつく。歩き回って見つけたものの
かなりのオンボロ宿。しかし、泊まってみると宿の婆ぁはまったく無干渉で
非常に快適。平日W23000-、週末W25000-と安い。

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一夜明けて早速中国へのフェリーを予約しに仁川へ。
地下鉄で1時間かけて移動。韓国で最大の難所と思われた船の予約でありますが、
「Can I reserve tickets?」と聞いて「Yes」と来たら、
"7/11 To QINDAO, Economy, Oneway x2"と書いたメモを手渡してすんなり
OK。チケット代がW117,000-と馬鹿高いが、これはしょうがない。中国では物価が
だいぶ安くなることを期待して泣く泣く支払う。

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帰りに宿の近所をうろつくと、狭い路地に焼き肉屋の連なる街角を発見。
節約すると宣言したのも撤回して、「やっぱ肉が食いてえ!」ってなことで
やっぱり晩はサムギョプサルを食うことに。

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でもできるだけ安く済まそうと、一人ビール一本ずつ。
飲み足りない分は近くのスーパーで見つけた一本W1,100-の濁り酒(マッコリ?
ドンドンジュ?)を2本買って宿で酒盛り。しかも一本750mlですぜ、兄貴!
今飲みながらこれを書いてるところです。

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あ、後、酒ではなくて昼間にできるだけ金を使わずにぼんやりする方法、

自販機のコーヒー。

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韓国はコーヒーって結構値段高いんですが、自販機で売ってるカップのコーヒー
はW300-(大体35円ぐらい)で、量は少ないが、非常にミルクのこってりした
コーヒーが出てくるので、これをちびりちびり飲みながらタバコを一服!
これが良し。宿の前の道ばたあたりで昼間にぼんやりコーヒーとタバコ。
最高だぜ!

というわけで7/11までは韓国でぼんやりしています。

先に書いたように安酒と自販機のコーヒーがあればかなり安くすごせそう。
7/11であれば台風も大丈夫でしょう。

2006年07月11日

To China

今日はソウルを離れて中国へのフェリーに乗ります。

昨日はオンボロ宿を離れてすぐ近くのゲストハウスに宿泊。

Holiday In Korea

ドミトリーも経験。おかげで同じ船で中国に行く日本人と遭遇。
しかも同じ立命の学生でやんの。青島で彼のつてで安い宿が
見つかるかもしれない。それだけでもゲストハウスにとまった
価値がありました。

昨日は雨で結局どこにも外出せず。
宿のオーナーからは「観光で来てるのになんで外に出ないんだ?」
と言われるが「雨の日は外に出たくない」と答えると「私も」と答えてた。
だからほとんど写真は撮ってません。

2006年07月13日

現在、中国の青島

7月13日現在、中国は青島に居ります。

インターネットが使えない宿に泊まっているため、また、
街中のネットカフェが異常に遅いため、更新がうまくいきません。
よって写真などは後日UPします。

とにかく中国は物価が安くなってよかった。
宿は一泊30元(約450円)ですわ。

チケットが取れそうなので明日電車で30時間ほどかけて
広州まで移動します。

2006年07月15日

青島で青島生ビール三昧

結局のところ列車のチケットが16日まで取れず
明日まで青島にいる事になりました。とりあえず
チケットが取れれば後はぼんやりなので、毎日が
屋台で青島の生ビールですわ。1.5Lぐらいのピッチャー
で8元(120円)ぐらいっすかね。男3人で飲んでても
35元とかそんな支払いですんでしまう。

ちなみに昨日の昼飯の包子(10個!)は4元(60円)ですわ。
お気楽な物価になってきたど!

続きを読む "青島で青島生ビール三昧" »

2006年07月20日

香港にて写真アップ

とりあえず香港に到着しております。

日記は後日でとりあえず写真をすべてあげました。
中国までのフェリー、中国、香港の分です。

http://www.flickr.com/photos/yama2k

2006年07月21日

いざ世界の秘境、中国へ

さて、なんとか韓国〜中国の報告ができるようになりました。
中国はネットは街のいたるところでできるものの、スピードが
かなり遅く、テキストはともかく、写真のアップロードはかなり
きつかったのでとりあえずアップロードできんかったです。

まず仁川〜青島のフェリー、韓国の出国手続きから時間が遅れまくり。
出国の審査官も笑いながらのらりくらりといらつく乗客を待たせながら
お仕事されております。

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あ、後韓国でよく吸ってたタバコ。これ、「THIS」っちゅうタバコですわ。
一箱W2,000-。250円ぐらいですかね。韓国はタバコ高いです。

んでもってなんとか出国手続きを終えてフェリーへ乗り込み、1時間遅れで
出航。船のデッキでは子供達がかっぱえびせんをかもめにあげてたので常に
フェリーの回りにはかもめが飛び交ってました。

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そして黄海に出るまでの、多分仁川の湾だと思うんですが、海がないでて
非常に綺麗でした。それにかもめが飛び交い、なんとも言えん素晴らしい
景色で、やっとフェリーでの旅行がこんなに言いものかと納得。

その後、黄海に出るとフェリーはぐらぐら揺れだしてビール二本でアルコール
よりも船に酔いだしてすぐに就寝。

朝8時ぐらいに目を覚まして、デッキにタバコ吸いに出たら、船がまったく
動いていない。回りは視界500mほどの濃い霧の中、フェリーはまったく
動かずに止まっております。

「これ、いつまで止まってるんやろうなあ」

と同行のナガノさん、キタムラ君と話していると、中国人が船員以外立ち入り
禁止のところに堂々と入っていって、釣りを始める始末。さすがにみなさん
のんびりしてはりますわ。

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そして北京時間で11時、やっと霧が薄らいで来て船が動き出す。
濃い霧の中からビルが、陸地が見え始める。おお!中国や!

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なんとか3時間半遅れで青島のフェリーターミナルに到着。
ここでキタムラくんの友達で青島在住のイブカさんと合流。
タクシーで市街地へ向い、中国料理店で昼飯。うまかった。
安かった。一人大体17,8元ぐらい。(1元は大体15円)。
特にジャガイモの炒めもの、あさりの炒め物が絶品。

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そして中国のタバコを購入。これが3元。やっぱ中国物価安いぞ。

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そしてイブカさんとともに宿探し。イブカさんが紹介してくれた
青島大学外国人寮の近くの旅館を回って、いろいろ交渉してくれ
ながら一泊30元の宿を確保。トイレ、風呂共同、狭くて音がつつ
抜けやけど、綺麗なダブル。とりあえず荷物もおけてこれで安心。

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ナガノさんとワシはとりあえず宿で一休みした後、晩飯を食いに
近所の屋台街へ。そこで頼んだチャーハンです。

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この量で一人前2.5元。味はまあまあ、とにかく中華料理は
すべて油っこいです。尋常じゃない量の油使ってますわ。

そして青島名物の青島ビールを飲みながら一晩目は終了。

チケット取って出発の日まで青島でぼんやり

次の朝。とりあえず7月29日には台湾に行かなくてはならないので
広州までの列車のチケットを取りに行く。イブカさんが旅行代理店
でないとチケット取るのがかなりきついと言って紹介もしてくれたので
手数料がかかるが代理店で頼むことに。

話していると、広州までは明日のチケットが多分取れると満足げに
親父が言うので、じゃあ取ってくれと頼んで手付け金100元を渡す。
ちなみに広州までが2000キロ以上の距離があるんですが、このチケットが
また高い。449元にプラス手数料20元。

ほんで明日のチケットだから今日の16時から16時半までの間に
必ず取りに来いというので、キタムラ君、イブカさんと別行動にして
16時に代理店に行くと、親父がいない。ずーっと待ってると17時
直前になって帰ってきて「チケットはなかった」と。

「16日のしかないよ」と言って、しっかりもう16日の切符買ってきてるし。
まあどっちにしろ他に頼るあてもないのでその切符をありがたく受け取り、
宿も延長してとりあえず16日までは青島を堪能することにしました。

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キタムラ君、イブカさんは僕らの滞在が14日までと思っていたので
最後の晩餐ということで青島のビール屋台街、台東地区へ。

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そこの四川からやってきた一行がやってる屋台で酒盛り。ビールの
ピッチャー1.5Lほどが10元、150円程度で飲めるのでみんなウハウハ。
頼んだ麻婆豆腐、青椒牛肉絲、豆の炒めなどがめちゃくちゃうまい。
やっぱ四川、唐辛子と山椒がビシッと効いててビールに合う。
結局、終バス逃してタクシーで帰りました、、、。

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次の日はナガノさんと二人で青島駅までバスに乗ってお出かけ。
というのも広州への出発が朝9時と早い時間なんで駅までの行き方を
予行演習。知らない街のバスって以外と乗りにくいっすよ。

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しかし、意外に簡単に着いてしまったので、ぼんやりラオシャンコーラ
なんか飲みながら青島の海岸を観光。この日の晩も台東ビール街。
四川の殺人的に辛い麻婆豆腐が食いたいということで店の姉ちゃんと
筆談で「辛、麻婆豆腐、辛!辛!」と強調。そして出てきた麻婆豆腐が
全く辛くないのが出てきました。多分、中国で「辛」という漢字は
「少なく」とか「全くない」とかの意味になるんじゃないか?と相談
した上、再度辛い料理の名前に必ずついてる「辣」という字が辛いという
意味じゃないかということになり、「辣的麻婆豆腐」を連発。そしたら
「没有、麻婆豆腐」とのこと。品切れデース。ちょっとがっくり。

その後、店の姉ちゃんがどっかで豆腐を買ってきたらしく、
「麻婆豆腐OK!OK!」というので再度頼むことに。またこっちは
「辣的麻婆豆腐」を連発。しかし、出てきた麻婆豆腐は辛かったが
割と常識的な辛さ。多分ほんとに辛いのはもっと殺人的に辛いはず。
中々コミュニケーションがうまくいきません。それでも最後は店の
人となごやかに写真もとりました。

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終バスで帰ろうと心に誓ってましたが、結局酔っぱらって目的の路線の
バス停に辿り着けず終バスを逃し、やっぱりタクシー。しかし、段々
買い物や、タクシーに乗るぐらいの会話は中国語でできるようになって
きたぞ。

次の日は大人しく、青島大近くの屋台で昼飯。
中国風のハンバーガーやインドで言えばドーサみたいなものを買い込んで
昼飯。晩はそこの食堂でビールと麻婆豆腐。ここはなんとピッチャー1.5Lが
5元でした。素晴らしいぜ!中国!

2000キロの列車の旅

さあ、7月16日、いよいよ青島出発。
広州へ向けて2000キロを超える列車の旅でございます。

押さえた席は硬臥の上段。エアコン付き車両です。ベッドのすぐそばにエアコンの
吹き出し口があるので寒いぐらいによく冷える。車内ではまったく汗をかかん
かったです。

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そしてなんのアナウンスもなく、列車はガッコン!というでっかい音をたてて
動き出す。いきなりなんでベッドから落ちそうになりました。

2000キロの列車の旅、といえば聞こえはいいですが、実際のところかなり
退屈ですな。仁川ー青島の船の反省で乗り込む前にパンとかカップ麺を
買い込んでいったんですが、メシはすべてパンかラーメン。

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これが中国のカップ麺。見た目に反してこれがまったくうまくない。
結構買い込んでたので食いきるのが大変でした。この、「紅焼牛肉麺」
がいろんなメーカーから出てるんですが、どれもうまくなかった、、、。

そして一夜明けてまた、到着の一時間前から電車が動かない。
それもそのはず、広州の隣町、東莞あたりが一面大洪水。まわりの
中国人たちも外の景色を見てアイャ〜って言うてます。

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一瞬、もしかして広州も大洪水か?こんな状態の街に放り出されてさすがに
ワシら日本人は病気なしに過ごせないだろうと恐怖を覚えましたが、やっぱり
広州は大都会、地下鉄も走ってるんだもん、まったく問題なしでした。

というか、やっぱり中国は都市開発済みの区画と未開発区画ではっきりと
差がでますな。綺麗な場所でも裏に回ればボロボロやもんね。

青島の宿でも、瀟洒な学生街って感じなんですが、宿の建物の一歩裏に回ると

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これが、

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こうなります。

また、中国は地面が汚い。中国人はツバ、痰、タバコ、ゴミ、食べ残し、なんでも
平気で道ばたに捨てるので屋台の集まるところなんかは非常に汚くてちょっと臭っ
たりもします。これで洪水になったらえらいこってす。多分、中国人でも病気に
なったりするんちゃうかな。

とはいえ、なんとか広州東駅に到着。地下鉄で広州駅に出て一休み。

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さて、こっからが難関。宿探しですわ。
最初アテにしていた安宿が、200元の部屋しか空いてない、というので、
道ばたの客引きのおばちゃんとやりとりして一部屋100元(一人50元ね)で
かなり綺麗なホテルに連れて行ってくれた。

多分、今広州はシーズンオフなんやね。青島で一人30元の部屋で共同シャワー、
共同トイレだったが、+20元でこの豪華さ。

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ナガノさんの帰国の機嫌が迫ってきてて早めに香港に抜けるつもりで
広州は一泊だけになる予定なのでちょっと贅沢してこのホテルに決定。

さあ、明日は香港だど!!

2006年07月23日

香港にて

香港にて腰をやってしまいました。
3日ほどずっとホステルで寝てるのでだいぶマシに
なってきてるので多分問題なしですが、旅行で
腰を痛めるって大変ですな。

同部屋の白人のじいちゃんから腰に効くエクササイズ
を教えてもらったり、出歩けないのでチョンキンマンション
1階のインド料理屋でテイクアウトのベジフードばっか
食ったり、腰は痛いがそれなりに楽しいです。

24日に台湾に移動します。

2006年07月29日

台湾にてダムダム団メンバーと合流

香港日記をまだ上げておりませんが、
とにかく今は台湾、台北におります。

中正空港で「ダムダム団ご一行様」のプラカードさげて
彼らが出てくるの待ってたら、相川七瀬が出てきたぜ!
台湾で日本の有名人見れてちょと嬉しかった。

歩さん、カラスミありがとさんです!!泊めてもらってるトコの
猫に食われる前に食います!!

香港入り!

広州から香港へは、直通のバスが出てるとのことで、片道100元払って
バスに乗り込む。バスは高速に乗って深圳へ。中国と香港は同じ国のはず
だけども、今も国境がしっかり残っていて、深圳にて中国側出国手続き、
香港で入国手続きを行わないと入れない。中国はノービザで15日間の滞在
が可能ですが、香港はノービザ90日間。

淡々と香港特別行政区の入国審査を終えてバスで市街まで。
入国審査のロビーのところで誰かが忘れていった英語のシティマップを
拾ったが、まったくどこを走っているのかわからない。

しかし国境からしばらく走っていると、見えてきた!香港の街!
綺麗!中国と違うぜ!道路の路肩も崩壊してない。
整然と並ぶ高層マンション、橋、すべて美しいです。中国から香港へ
来るとそれがよくわかる!おお!なんか興奮してきたで!

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ほんでもって適当にバスを降りると既に香港島に来ていました。

というわけで銀行でめんどくさい両替をして、スターフェリーで香港島から
九龍サイドへ。このフェリーから眺める香港の景色がまたたまらんぐらいに
素晴らしい。亜熱帯の気候、スカッと晴れ上がった天気。天高くそびえる
高層ビルヂング。

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海も山もビルも船もすべてがバランスのよい景観。いやあたまらんぜ香港。

そして10数分ぐらいで海を渡り、九龍サイドへ。
ネーザンロードへ出てお目当てのチョンキンマンションへ。

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「お!これか!」と入り口の看板を眺めていると早速、深夜特急のとおりに
インド人が「ホテル?ホテル?」と声をかけてくる。チョンキンマンションの
ホテルのようなのでとりあえず「部屋見せて」と言ってついていく。

連れてってくれたのは5FのRoyal Inn。宿のおやじや従業員、客まですべて
インド人。おやじはシク教徒なのかごっついひげとターバンを巻いている。

見せてくれた部屋は風呂、便所付きの狭い200HK$の部屋と風呂、便所なしの
狭い150HK$の部屋。とりあえず安いのをということで150HK$の部屋を140HK$
に負けてもらってチェックイン。香港に来てインド人宿に泊まるというのも
中々おもろくていいかなと。

さて、荷物を置いたら散策。とりあえずチョンキンマンションのグランドフロア
に降りるが、とにかくこのビル、インド人、黒人、香港人、白人、中国人と
かなりいろんな人種でごった返しております。当然町中もインド人、白人、黒人
をよく見る。そんな様々な人種が渦巻く中、ネーザンロードの中央分離帯から
香港の摩天楼を見上げるとめちゃくちゃワクワクしてきます。いやあ、香港、
アジアのニューヨークだ。ニューヨーク行ったことないけど。

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そして夜のネオン街。想像していた香港の景観。素晴らしい。
人がいっぱいいるぜ!車に轢かれそうになったぜ!

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しかし中国と比べると物価が馬鹿みたいに高い。なんとかチョンキンマンションで
前情報なしに一人70HK$(約1050円)の宿は確保できたものの、中国では一人一食5元
(約75円)程度で住んでいた食費が簡単なラーメンみたいなものを食っても20HK$は
かかる。これは困った。

そんな中、廟街近くで見つけたエビ入りワンタン麺10HK$を食べて宿に戻って
青島ビールで乾杯。そしてそろそろ寝ましょうかとベッドに横になると虫が、、、。
蚤だ、、、。

Avenue of Stars、そして腰痛

不思議にも蚤にかまれることなく(かまれてるかもしれんが、痒くない)次の日に
普通に目が覚める。香港では安いメシを食ってもあまりパンチ力がなく、そこそこ
うまいんだけども「まあまあかな」という感じだったのでチョンキンマンションの
インド料理屋でサモサを買って朝ご飯。

そしてナガノさんは日本まで、ワイは台湾までの往復航空券を買いにHIS香港へ。

対応してくれたのはWendyさんという多分香港人の方。広東語も日本語も堪能。
やっぱ大陸の人は語学力がすごいわ。で、そのWendyさんが、タイ航空の台湾
往復便を押さえてくれた。燃料費やら空港使用税やら全部含めて25000円ほど。

ナガノさんは21日出発、ワイは24日に香港出発となり、一安心。あとは出発まで
ぼんやり。ほんでもって香港を歩いてみました。

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とりあえず海がみたいなということで九龍サイドの海沿いを歩くことに。
そして偶然、Avenue of Starsに通りかかる。ここは香港映画のスター達の手形
やら像やらがそこかしこにディスプレイされている観光道路みたいなもんで、
歩いていくたびに

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「あ、レイモンドチョウだ」

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「あ、ブルースリー(当然手形はない)だ!」

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「マイケルホイだ!」

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「おおおお!キンポー先生!!!」

なんて感じで大喜び。香港映画好きにはたまらんひとときですわ。
そしてひとしきり歩いていると姿を現すブルースリー像。

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香港の海、ビル、そしてブルースリー。めちゃくちゃかっこいいですわ。

そして歩いていると雨傘を改造して帽子にしてる爺ぃとすれ違う。
振り向いてパチリ。

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ほんでもって夜は女人街やら廟街やらに繰り出す。
しかし、どちらも売ってる物はホント子供だましのものばかり、
欲しい物もなく、廟街はずれの飲み屋でビールを飲む。

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そしてあまり金を使いすぎるのも問題なのでもう寝てしまおうと
宿に戻り、蚤ベッドにごろり。

そして次の朝には腰が、、、、。

2006年08月04日

7月のアジアは台風ばっか

今はまた香港に舞い戻っております。

約10日間の台湾滞在を終えました。
台湾の町自体はぼんやりしててそんなに
おもろくはなかったが、FormozFestivalでの
感動的なダムダム団のステージで泣きそうになった。

台湾->香港の飛行機では香港が台風で飛行機が
遅れるとのこと。遅れたもののちゃんと離陸して香港に
向かったがやがて大陸が近づくにつれ、尋常じゃない
ほどの揺れでまた泣きそうになった。

着陸して歓声と拍手が湧き起こる飛行機なんてはじめて乗った。

これから中国の桂林まで行ってきます。

香港出発日記、および台湾飲んだくれ日記は後ほど
アップさせていただきます。

2006年08月09日

有手机

手机を買いました。
中国では手机は携帯電話。

この電話があれば多分、旅行中携帯がずっと使えまーす。

もし御用のある方はメールを頂ければ番号をお知らせしまーす。

ちなみにこっちはまだ国際電話のかけ方すらわかっておりません。

2006年08月11日

Going to Vietnam

now, i'm in pingxian,china.
this town is near the border with vietnam.

maybe today or tomorrow, i'm in vietnam.

2006年08月12日

Travellers Hostel、そして一人になる

朝起きると腰が痛い。ベッドから起きれるが、しゃがめない。
歩けないほどでもないけど、しばらく歩いていると腰を守るために
いつもは使ってない筋肉が動いているようで異常に汗をかく。

とりあえずこの日は2日過ごしたインド人宿を抜けて同じチョンキン
マンションの16階、Travellers hostelへ移動しようとしてたので
残念そうな顔をしてるインド人を尻目にチェックアウトを済まして
移動。移動途中に他のインド人から何回も声をかけられた。

「おまえ、ここの5階に泊まってたJapaneseやろ?なんであそこ
 出たんや?部屋汚いか?確かにあそこはめっちゃUglyやもんな。
 よし!俺綺麗で安いとこ知ってるから俺んとこ来いや!」

ありがとうありがとう、次の宿決めてなかったら部屋見てみたいけど
もう決めてるんよね、と礼を言って16階へ。

ワシ、基本的に客引きの連中は全然嫌いではないです。

何か話しかけてきたらとりあえず値段だけ聞いて少しづつ物価も
見えてくるし、広州の時みたいに安い宿の情報をまったく
持たずに新しい街に来たときは彼らが頼りなんで。彼らにもちゃんと
儲けの出る額であればあまりひどい宿に連れてかれたりもないし、
値段交渉はゲームなんであせったりしたら彼らの言い値。俺は他で
同じ値段のとこ知ってるんだよ、というのを臭わせながらかけひき。
ブツブツ言いいながら値引きしてもらうより、しょうがねえなと笑い
ながら値引きしてくれるような形がベストですな。

こんな感じで今まで客引きとは結構フレンドリーにやりとりできてる
んで結構楽しいもんです。

そしてネットで調べる限りチョンキンマンションで最安値のドミトリー
60HK$のTravellers hostelへ。ここはエアコンもばりばり効いてて、
部屋も広い。快適。

ナガノさんは今晩が最後になるので、いろいろ一緒に回りたいが腰が、、。

とりあえず香港島へ渡って、エスカレータで山の上まで上ってみっか?
という感じで腰の痛いのを押して出かけてみます。しかし、エスカレータ
を登り切ったところはまだ山の中腹。それでも腰がかなり悲鳴をあげてる
ので、ここで断念して階段を下る。

途中、市場を見つけたのでランブータンをひと房買って宿でもしゃもしゃ
食べる。

明日出発が早いせいかナガノさんも結構早めに寝るようなのでワイもビール
飲んで早めに就寝。

次の日の朝、ナガノさんを空港に見送り、その後はhostelで腰の養生。
ずーっと寝てました。

チョンキンマンションはインド料理天国

腰痛のため、その後出発までずーーーっとhostelで寝てましたが、
寝てようが、出歩いてようが、とりあえず腹は減るのでメシをどうしよう
かと考えたところ、香港の安メシはあまりうまくもないのでチョンキン
マンションのグランドフロアのインド料理屋でベジフードばっか食ってました。

弁当屋みたいに作り置きで、頼むと暖めてくれてお持ち帰りできるところが
いっぱいあるのでそこでオクラのカレーとチャパティ3枚とかを買って宿で
食う、というのをよくやってました。

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こんな感じで包んでくれて、

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ひろげるとこんな感じでそれなりに豪華な食事になります。

ホステルの西洋人達はあまり食いたがらない感じでしたが、
中国入ってから肉と炭水化物ばっかだったのでインドの
ベジフードで野菜を摂ればバランスがいいだろうと思いながら
一人ガツガツ食ってました。

そして台湾出発の直前、23日、24日になってやっと腰の痛みも
良くなってきて安心して宿をチェックアウト。

ちなみに宿のチェックアウトは12時。台湾へのフライトは20:30。
その間はずーっと空港の喫煙ロビー。空港はタダでエアコンの効いた
部屋に居れるのでとてもいい。

戻って来たとき、どのように中国へ抜けるかをゆーっくり考えて
ました。ちゃんと空港のArrivalロビーに中国旅行社のカウンターが
あって、中国の深圳や广州への直通バスが出てるとのこと。

あと、香港空港に到着したら入国審査のゲートの手前にマカオへの
フェリー乗り場があるらしく、香港の入国審査を受けずにそのまま
マカオに抜けることも可能らしい。

そんなこんなでどうやって中国に入ろうかな〜といろいろ考えてる
と2,3時間前になってきたので、免税でタバコだけ買って搭乗口へ。

さあ、台北!今回タイ航空の飛行機だ!機内食も楽しみだぜ!

2006年08月13日

地味な台北

香港は毎日素晴らしいぐらいに晴れまくっていた。
台北への出発当日も快晴なのでこりゃ快適なフライト
になるわい、と思っていたが、離陸後10分程度で飛行機が
揺れ出す。

南シナ海上をぐらぐら揺れながら約1時間半のフライトで
台北の中正国際空港に到着。着いてみるとなんと台湾は
台風上陸前夜でした。それで揺れたのか。

イミグレを通り、両替をして空港のArrivalロビーに出たのは
夜11時前。よく考えたらこんな時間に新しい街に着いたのは
初めてで、台北への電車かバスがまだあるのかちょっと心配に
なる。しかも宿もまだ決めてないのであります。

空港の出口でタバコを吸っていても、声をかけてきた客引きは
一人だけ。

「安いホテル知ってるからそこに泊まれ」
「俺、タクシーの運転手。ホテルまでも乗せてってやるよ。」

とおきまりのパターンで話しかけてくるが、

「ワシ、300NTDで泊まれるとこ知ってるんやけど、それ以上に
 安いとこある?」

と言ったら、そんな安いホテルはないよと黙り込んでしまった。
そしてワシを勧誘するのをあきらめたのか他の客にアタックを
開始し始めて、それっきり。

台北では客引きは少ないな、、、。
香港に居たときに調べておいた日本人向けゲストハウスがいっぱい
だったら泊まるところを探すのが苦心しそうやな、とさらにあせって
おりましたが、

「ドミトリー空いてますよ。とりあえず台北駅まで来てもらえますか?
 台北駅で電話もらえたら迎えに行きます。」

とのこと。よかった、これで宿確保。一泊300NTDのドミトリーであります。

ほんでもってバスで空港から台北駅まで移動。
しかし、台北の街は地味だ。OG氏が以前台湾に行った時のことを

「台北はほんまに大阪に似てるで。なんか、大阪から飛行機に乗って
 大阪に着いたような感覚やったわ。」

と言っていたが、まさにその通りで大阪西九条や鶴橋みたいな感じの
町並みで、台北駅の回りも、日本の地方都市の県庁所在地駅のような
感じであります。

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しかも夜11時半ぐらいで街の明かりがほとんど消えてる。
寝静まるのも早いのか台北、、、。

そして台北駅でゲストハウスのオーナーに迎えに来てもらって、この日は
早々に就寝。

食っちゃ寝台北

次の日から台北散策開始。とりあえずダムダム団がライブを行う圓山公園駅
を下見しようと台北の地下鉄に乗って駅へ。

圓山駅についてもまたここが地味なところで、公園をぶらっと歩いて、
そのほか街をうろついて後はやることがなくなってしまう。しょうがないので
圓山公園駅から台北駅までの5駅ほどを歩いて帰ることに。

大量に汗をかきながらゲストハウスに到着。そしてテレビ見ながらビール。
台湾はえらい日本贔屓な国だと聞いておりましたが、テレビでも日本の番組が
バンバン流れている。上戸彩のドラマや、お宝鑑定団、バリバリバリューとか
中国語の字幕付きで四六時中やってます。

そしてそんな中、いきなり川口浩探検隊が流れ始める。
ああ、台湾に来て川口浩が見れるとは思わなんだ、、、。
アイスランドの火山活動によって出来た巨大なクレバス、ギャオに挑戦して
おりました。

日本贔屓の国、日本人宿、日本の番組、地味な町並み。なんとも外国に来た
気がせん。

それでも少しはおもろい所を見つけようと次の日も台北駅の回りを散策したり
していると、台北駅地下街広場にて、虚無僧が尺八の演奏会をしておりました。
その虚無僧が吹いている曲が演歌ばっかりで、写真を撮ったときは「浪花節だよ
人生は」を吹いておりました。台湾人、とにかく日本のものが大好きなんですな。
でも虚無僧はどうかと思う。

銀行に両替に行って、「レートいくら?手数料取るの?」と聞いたら、「うちの
銀行はT/Cの換金は手数料高いからICBCという銀行へ行け」とわざわざ他の銀行を
紹介してくれる奥ゆかしい台湾人。酒もあまり飲まず、町中の屋台ではほとんど
酒をおいていない真面目な台湾人。大陸の中国人のようにワイルド&クレイジー
なところも少ない。

いい人達だが、刺激に欠けるな、、、と思ってましたが、
台湾のスポーツ新聞を見てびっくり。一面からこれでもかと言わんばかりに
事件事故の死体写真を載せまくり、犯人の写真に至っては手錠をかけられた
瞬間の写真が載っている。というか非常に作為に満ちた紙面で、普通新聞記者
が到着して、写真取る準備が出来た時にハイ!逮捕!ってありえんでしょう。
多分警察も事件があって犯人逮捕した後でも、記者が来たら

「ほら、もっかい逮捕の瞬間の絵を作るから、撮って撮って!」

とかやってるんやろう。とにかくスポーツ新聞はどのページをとっても
扇情的な写真ばっかですわ。川口浩といい、結構台湾の人はこういうハードな
コンテンツ好きなんでしょう。

そんなこんなでぐだぐだと毎日を過ごして28日のダムダム団ご一行様と
ご対面の日を迎えるのでありました。

相川七瀬ご一行様

さて、28日。ダムダム団ご一行様が台湾に到着するはずなのでゲストハウスで
白い紙をもらってマジックで大きく「ダムダム団ご一行様」と書き込んで空港に
向かう。

さて、彼らの乗った飛行機CI109が到着。「ダムダム団ご一行様」のプラカードを
大きく広げてArrivalの出口のところで彼らを待つ。と、横に居た同じく出迎えを
している台湾人らしき兄ちゃんが、警備員と話して、普通は出迎えの人間が入れない
ところまで入っていって誰かを待っている。何かいな?と思って彼の持っている
プラカードを見ると

「相川七瀬ご一行様」

相川七瀬もこの飛行機か!!相川七瀬が見れるかも!というのはどうでもいいが、
「相川七瀬ご一行様」の横で負けじと「ダムダム団ご一行様」を一人で掲げるワシ。
誰かこの瞬間を写真撮って!と思っていましたが、なんとCI109から一番に出てきた
のが相川七瀬でした。バックバンドの連中もぞろぞろ出てきましたが、なんか見た
ことある外人も居る。誰やろうと考えてる間に相川七瀬ご一行様はそそくさと空港
の外に出て行ってしまいました。追っかけも20人ぐらい居て、キャーキャー言い
ながら大移動してました。

そして後日見覚えのある外人はマーティーフリードマンであることが判明しました。

ほんでもってそれから40分ほどしてダムダム団ご一行様と無事会えることができました。

そしてかならズのタカベー氏の知り合いの家に泊めてもらえるとのことでバスに乗って
台北へ移動。地下鉄大安駅のすぐそばのアンクルさん宅は非常にセンスのいいおうち
でした。

そしてその晩は早速メシを食い、ビールでかんぱーい。ほんとに時間がゆるゆる
過ぎて行きます、、、。

Hotter than Hell

29日!フェスの日を迎えてお昼過ぎから圓山公園駅に移動。
台風はどっかに吹き去り、強烈な直射日光の中会場をうろつき、ダムダム団が
演奏するFire Stageへ。そして楽器の置き場所を確保した団員のみなさんと
食事。フェスのスタートが17:30からなのでその後も会場の近くをうろうろ。

その後、タイペイ・カラーズ・ミュージックというレーベルで仕事をしている
ナナちゃんという女の子とも挨拶をして、さあダムダム団Show in TAIPEIの
スタート!

一曲目からオーディエンスの反応がいいですな。フェスなんで他のステージに
行こうとして通りがかった人も足を止めて見入っていますよ!

んでもってシンゴ君のMC、「Do you know Michael Jackson? Do you
know Michael Jackson?」にもバンバン反応してる。いいっすねえ台湾の
オーディエンス。

Funk DE 〜のMC「集まって、みんな集まって!」も、マー君の集まってジェス
チャーにオーディエンスがステージにどわっと押し寄せた。そして曲が始まるや
モッシュの嵐!数年間ダムダム団のステージを見てますが、これほど
オーディエンスが熱狂してるステージは今までなかった。そしてそんな
オーディエンスの反応を見てかダムダム団のプレイもまたかなり熱の入ったもの
であり、この熱い会場を見てるとなんか知らんが嬉しくてちょっと泣きそうに
なりました。

いいぞ!台湾のオーディエンス!俺と同じでこのバンド好きか???
いっきに台湾を見直しました。

んでもって、持ち時間をおよそ一曲分オーバーしながら終了した瞬間、
オーディエンスから「アンコール、アンコール!」の大合唱。すげええ!

結局、アンコールには応えることができなかったようですが、
その後もオーディエンスから「一緒に写真撮って」や「サインしてくれ」
やらの大攻勢を受けてメンバーもご満悦。

ファンからのサイン攻勢が収まった後、相川七瀬のステージなどを見て
アンクル邸に帰宅。ビール飲んで就寝!

フェス2日目、かならズ、士林夜市

30日相変わらず午前中はぐだぐだと過ごし、午後はダムダム団ご一行様と
ともに台北駅の地下街へショッピングへ。相変わらず台北地下街広場では
虚無僧が演歌を吹いており、ダムダム団ご一行もこれを見て笑ってました。

そして台北駅地下に約2キロに渡る地下街を散策したものの、ワシは特に
買う物もなく、コーヒーだけ飲んで大安に帰り、フェスに出る準備。今日は
かならズのステージであります。

とりあえず暑いし、時間ないしタクシーで行こうということになりましたが、
よく考えたら5人いる。タクシー2台で分乗か、、と考えていたら一台目の
タクの運ちゃんが「乗れ乗れ」というので、4人定員のタクシーに5人で
乗り込みました。そういや、日本以外のアジアの乗り物って、乗れるだけ
乗ればそれが定員なんだっけ。そういや、東京でもインド人と一緒に6人で
一台のタクシーに乗り込んだっけか。

圓山公園駅と運ちゃんに告げてちゃんと着いてくれるかドキドキしながら
でしたが、ちゃんと着いてくれました。

さあ、かならズのステージ。ふんどし姿にオーディエンスはかなり反応して
るが、残念ながらダムダム団にはおよばず。2バンドともフェス向きのいい
バンドであるが、ストレートな勢いで引っ張れるダムダム団のほうが言葉が
わからない台湾のステージでは少々勝っているでしょうか???

「どんな音楽やってんの?」と聞かれて、一言で形容しずらいかならズも
結構ツボに入って楽しめました。そしてかならズ終了後は他のステージへ。
途中でステージダイブしたりでいい運動にもなりました。

そして終了後、ダムダム団ご一行様、ナナちゃんとともに士林の夜市へ。
ナナちゃんのガイドのもと、士林へ向い、とりあえずメシを食らう。
台湾の臭豆腐!これがうまいのなんの。臭豆腐を揚げて、タレで煮込んである
ものなんですが、臭旨い。鼻をつまんで食えば多分木綿の厚揚げ。臭いは
くさやに似ておりますが、あれほど強烈ではありません。元々くさや好きなので
うまいうまいとバクバク食いながらビールをキューっとやって大満足。

その後、12時半を回って士林をうろうろしながらみんなTシャツやらパンツやら
買ってました。

その後は大人しく帰ったかな?よく覚えてねえや!

台中日帰り、てんやわんやの移動記

31日、今度は台中のライブハウスで後夜祭ということで昼間からバスで台中へ移動。
しかも台北から台中、その帰りもダムダム団ご一行様から移動費を出して頂けました。

謝謝。

バスに乗り込むと一列2シートでシートはふっかふか、各シートに液晶テレビがついて
いて、テレビが見れるという、これがまたとてつもない豪華バス!みんなご機嫌で
写真撮ったりしながら移動してました。

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さて、台湾日記、かなり長く書いてるので段々めんどくさくなってきました。
ちょっと省略しながら行きます!

とりあえず台中ライブハウスに到着、ここでのライブはビールの酔いも手伝って
大暴れでした。おっぱい見せてください!ワシので良ければどうぞ!ってな感じ
でしたな。

そしてダムダム団ご一行は次の日帰国ということで台中は日帰り。
夜11時を過ぎて台北へ移動と言うことになるんですが、ここで一悶着。
とりあえず台北行きのバスがあるというところへ歩いて行ってみるものの、
バスチケット売り場が閉まっていてどうしようもない状況。そこで再度台中居残り
組に連絡をとってもらって別の場所にある深夜バスターミナルへ移動。

途中のタクシーでは運転手の拙い英語、日本語、こちらの拙い英語、台湾語で
コミュニケーションを図り、台北駅までは3つのバス会社がバスを出している
ことが判明。運転手はご丁寧にちょうど地理的に真ん中にあるバス会社の
ターミナルまで連れて行ってくれたようですが、そのおかげで他のタクシーに
乗った連中と離ればなれに。

その後、タクシーの中で見たひとつめのターミナルの記憶をたどり、戻って
見るとみなさんいらっしゃいました。めでたく全員合流することができ、
台北へのバスを確保。深夜3時を過ぎて台北の大安までたどり着くことが
できました。

長い台北日記、久々エロ

次の日、正午前にダムダム団ご一行様は帰国のため空港へ。
タクシーに乗り込むのを見届けた後、アンクル邸でかならズメンバーと
ビール飲んだりしてました。そして8月1日の正式後夜祭のステージを
鑑賞して帰宅。

次の日はかならズメンバーも帰国。ワシはその次の日の朝8時半の飛行機で
香港へ戻る手はずだったので、2日は空港で一泊するか!と意気込んで
かならズメンバーとともに空港に向かいました。

「カウンターでごねたら、飛行機の日程変えれたりできるよ」との言葉を
元にタイ航空のカウンターに行って、

「このチケット、明日の香港行きなんだけど今日に変えてくれない?」

と聞くと、

「ごめんなさい、タイ航空は香港までは一日一便なのよね」

とのこと。そうか香港までは結局明日まで飛行機がないのか、、、。
では、今日の他の便はどこへ飛ぶの?バンコク?もし変えれるなら
イッキにバンコクまで行ってもいいなあ、と思ってたら

「????お前、香港に行くんじゃないの?今日の他の便?
 何言ってんだかわからない?とにかく香港は明日でないとないよ!」

とその趣旨を理解してもらえず、どうでもよくなりました。
とりあえずこのやりとりでいっきに気落ちして、バスで台北に戻り、
空港行きのバス停から歩いて10分の所にシングルルームで宿をとり、
そそくさと寝てしまおうとしたところ、テレビをつけると、
アダルトチャンネルで日本の古いAVが流れており、

「おお!1ヶ月ぶりのエロだ!!」

ということで3時間ほどAVを鑑賞したのち、快適な眠りについた
のでした。さあ、次はまた香港へのフライトだよ!

travelling with typhoooooon

次の日、早起きしてちゃんと朝の7時半には中正国際空港にたどり着きましたよ。
ほんでもって待ちかまえていたのは香港を襲った台風。

朝8時半の便だから8時ぐらいには搭乗口がオープンになるはずなのに
ずーっと開かない。中国語でなんかアナウンスがあったあと、ゲート前で
待っていた人が散っていく。

「どないしたん?」

と美人のお姉さんに聞くと、

「香港に台風が上陸してて、今とても着陸できる状態じゃないの。
 だから時間を見計らってるのよ。」
 
と優しく応対してくれた。

7月にアジアを旅行するもんではありませんな。
とにかく台風がつきまとう。韓国に行った時は済州島に台風が上陸
してて、青島までの船がちゃんと出航してくるか心配だったし、
広州に行けば大雨で东莞あたりが大洪水。そして台湾についたら
台風だし、香港へ戻ろうとしても台風。とにかく台風と一緒に旅行
してるようなもんですわ。

既に出国続きは終えてるので、空港のロビーで搭乗待ち。
結局、11時ぐらいに飛行機に乗れたんですが、それまでの間、
コーラやらサンドイッチやらが無料で振る舞われたのでここぞと
ばかりに3人分ぐらい奪って食べる。

そしてやっと飛行機は離陸しました。

台北は快晴。しかし、香港は台風とのこと。

しかも飛行機が離陸してから、

「香港に向かってるが、もし強風で空港に着陸することが
 できなかったら台北に戻りますのでご容赦ください。」

とのアナウンス。これはよほどきっつい台風が来てるんだろうな
と思いつつも、今更台北に戻りたくはないので、

「どれだけ揺れてもワシは耐える!だからパイロットも気合い入れて
 操縦せい!絶対台北には戻るな!」

と心の中でパイロットにエールを送る。

その後、予想通り香港に近づくにつれて飛行機は揺れ出す。
座ってるシートの前に液晶画面で、飛行機の航路を表示している
が見事に蛇行しながら前進している。

そしてさらに揺れがエスカレート。南シナ海上、香港から100キロ
ぐらいのところ。そろそろ着陸態勢に入るかな、というところで
飛行機のマークがぐぐぐっと旋回していく。

「???」

そして今までの進行方向とは逆の方向を向いた。これは、、、
引き返すの??

「アホ!これぐらいやったら台北に来たときと同じぐらいの
 揺れや!これやったら大丈夫やろう!行け!香港!行け!」

と静かに念じる。すると、飛行機はさらに旋回してちょうど
一回転した。そしてそのまま香港に向かってる。

「???」

何をしてたんかまったくよくわからんが、とりあえず香港には
向かってるようなので安心。

そして着陸準備でシートベルトを締めるように言われる。
そして窓の外を眺めると、眼下の雲がどんどん近づいて来ている。

そしてまっしろの雲の中に突入するやいなや、飛行機が急降下。
うしろの方で女の子が「ああああ」と声を上げている。
こっちは声すら出ないよ。必至に肘掛けを握りしめて全身硬直。

「ぎぎぎ、、、こ、これは、やっぱ怖い。誰か助けてくれ!」

雲を抜けると眼下に海が。波高え!ていうか窓から海しか見えねえ!
だいぶ傾いてるのか?ほんで一旦目を離してまた窓を見ると今度は
雲しか見えねえ!かなりグラグラしてんな。そして着陸前なんで
だいぶスピードを落としてるせいか凄まじい揺れ。急降下!急上昇!
右に!左に!そして突然のジェット噴射で離陸時のような急加速!
ジェットコースターでもこんな動きは体験したことないわ。

肘掛けをぎりぎりと握りしめる。もう汗だく。

そして15分ほどこの強烈な揺れが続いて、

「いつ着陸するんやろう?」

と思った瞬間に窓に滑走路が見えた!次の瞬間、ギュギュギュッ!!
着陸だ!回りの客が一斉に「Yeahhhh!!!」「Waoooo!!」。
そして拍手が!ブラボーブラボーだ!パイロット、ようやった。
我慢したかいがあった!Now we are in Hongkong!

着陸までは死ぬほど揺れたが、まったく不安定な要素なしで見事に
着陸したパイロット。Good Job! かっこいいぜ!

そして飛行機から降りて、喫煙室に向い、30分は体が動きませんでした。
つ、疲れた、、、。

本来、香港の空港は、香港入国手続きがある前にマカオ行きや中国の
各地へフェリーが出ていて直接他の国に入国できるようになってる
んですが、台風ですべて運行停止。どこにも行きようがなく、しかた
なく、香港で再度一泊したのでした。

2006年08月14日

現状

8/14現在、ラオスはビエンチャンにてビアラオで
まったりしております。

ラオスは秘境であります。
Capitalであるビエンチャンはまだしも他の町は
何もございません。この国の人は農業しかすること
がないんちゃうか??

国の中に数本しか走っていない国道は当然街灯は
なく、夜間に車で外出すると山賊が出るとのこと。
疲れたのではよ寝まーす。

そういやここも社会主義の国なんですな。
社会主義ってなんだ???

2006年08月19日

歩いて越境、そして阳朔へ

次の日、香港の中国旅行社で深圳から桂林までのバスを予約して早速
列車で国境の駅、羅湖へ向かう。香港は電車も高いな。500円近くかかった。
そして今までやったことなかった徒歩での越境。

香港の出国続きをさらっと済ませて、相変わらず時間のかかる中国側の
入国続き。

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とりあえず深圳に入ったが、これがまた特に面白いところもない場所で
とりあえず昼飯を食って、13:00から20:40に出るバスをボケーッと待つ。

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そして到着したバスが、日本ではお目にかかることのない、寝台バス。
バスに3列x2段のめちゃくちゃ狭いベッドが備え付けられてて、みんな
そこに寝て移動するものであります。ちゃんと綺麗なシーツ、空調、と
快適ですが、やはり中国のバス、飛ばしますな。上の段に寝てるとかなり
揺れます。

このバスの写真撮りたかったんだが、不覚にもデジカメをバックパックの
中に入れたまま預けてしまい、撮れずじまい。

そして次の日の早朝、桂林の一歩手前の街、阳朔に到着。
阳朔もそれなりの街と聞いてたので勢いで下車してしまった。

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そしてこの街では一泊20元(約300円)の宿を確保。

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そのドミトリーで英国人の男と、阳朔に住む女の子と知り合い、ほとんど
毎日一緒に遊ぶようになりました。

阳朔事情

阳朔で宿を確保後、街をぶらぶら歩いていると、

「俺は阳朔で外国語学校の副理事をしてるんだ。日本人でしょう?
 君はどんな仕事をしてるんだ?仕事ないの?どう?中国語で
 日本語を教える先生ってのは?」

と気軽に話しかけてくる中国人。今からでも学校へ来て簡単な日本語を
教えてやってくれ、代わりに中国語か中国の料理の作り方を教えてあげる
よ、と言われ、おもしろいとは思ったけど、何があるかわからんので、

「今日は疲れたので、明日気が向いたら行きます」

とだけ答えておいた。

その後、阳朔で屋台街みたいなところを発見し、日も暮れて来たので
麻辣な味付けの串焼きとビールを頂き、屋台の子供達の写真を撮って
あげる。

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この子供がかわいくて、屋台でビール頼むと、まずお姉ちゃんが、
瓶を持ってきて、その後弟が栓抜きを持ってきてあけてくれる。
よく考えりゃ一緒に持ってきていっぺんに済ませればええやん、と
思うんだが、入れ替わり立ち替わりで不器用に栓を開けてくれる
ところがかわいかったですな。

そして宿に帰ってみるとドミトリーの同室で英国人のギャビンという
27歳の兄ちゃんが居た。彼は阳朔に住む中国人のガールフレンドを
連れており、その子がメイファという22歳(だったかな?)の女の子
でありました。

そして中国語が堪能で中国と日本を行き来して輸入業をやってるという
男の子が居て、4者間で中国語、日本語、英語のクロストーク。
中国語堪能な男の子がメイファから聞いた話だと、やっぱ男は金を
持ってないといけない、とのこと。

その男の子が適当に日本人の30代ぐらいの男は普通1000万円ぐらい
貯金持ってるよと吹き込んだらしく、しばらくしてからメイちゃんが

「うちの実家に遊びに来ない?妹を紹介するわ。気に入ったらお付き
 合いしてあげてよ。」

という。中国語堪能な子に、

「阳朔ではよく中国人に声かけられるけど、大丈夫かなあ」

と相談したところ、中国の中でも、阳朔、大理、麗江という場所は
中国人にとって外国人との出会いの場所らしく、みんな外国人には
優しくして、うまいこと結婚して中国を抜け出したい人達がいっぱい
なんだと。

ほんでもってなるほど、それで親切にも「うちに来ないか?」みたいな
話になるのか、まあ何かあっても命まで取られることはないかなと結構
適当に考えてメイちゃんのうちについて行くことに。それにギャビンも
一緒に行くといってたので外国人はワシだけでもないし。

次の日レンタサイクルでギャビンとともに市街を抜けて一時間、農村へ
やってきました。